大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和24年(ネ)38号 判決

控訴人

浅津〓夫

被控訴人

大阪市長

主文

本件控訴は、これを棄却する。

控訴人の中間確認の請求はこれを棄却する。

事実

控訴人は「被控訴人が控訴人に対して昭和二十二年四月一日になした勤務替処分及び同年七月十八日になした懲戒処分並びに同年十二月十日になした休職処分がそれぞれ無効であることを確認する。」との判決を求め、被控訴人指定代理人は「本件控訴を棄却する。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は控訴人において、控訴人は昭和二十一年大阪市書記に任用せられ大阪市経済局配給課第四係員として家庭用品の配給事務を担当していたところが、被控訴人は昭和二十二年四月一日控訴人が何も專門的な学歴や職歴もなく何も技能もないのにかかわらず、控訴人に対し技術的仕事である同配給課の検度係に勤務替を命じた、然し右勤務替は控訴人の意思に反するは勿論、技術的な服務のできない控訴人に技術的服務を命じようとするもので職業選択の自由を制限し、憲法第二十二條に反するから法律上無効である。

又被控訴人は懲戒処分のあつたことを否定するけれども、昭和二十二年七月十八日経済局各課長等が協議の結果同局庶務課長塩川駒三から控訴人に対して、被控訴人の命に基いて口頭をもつて解職を告知し、次いで同月二十二日、同局商工課長からも書面をもつて同月二十五日限り解職する旨を通知し、右解職の事実を再確認した。これに関連して職員組合が控訴人を除名したこと、又は解職告知後辞表の任意提出を勧誘されたこと等は右懲戒免職という行政行為の成否に影響なく、従つて、右解職の理由となされた職務ほう棄、無届欠勤、上司侮辱等の事実について、これが真偽は格別、右のような解職処分のあつた事実は否定できないところである。なお前示庶務課長塩川駒三の口頭告知や、商工課長の書面上の通知があつてから数日後の七月二十五日に、控訴人の出勤簿及び事務用机が撤去され、俸給の支払又は計上が廃止された等の事実によつても、右両課長の告知は被控訴人の補助機関が被控訴人の意思に基いてその代理人としてなしたものと推測されるもので単に同人等の個人等の個人的な解職勧告とは見られない。しかして右懲戒処分については、懲戒審査委員会の議決を要するにかかわらず当時また懲戒審査委員会の設立すら出来ていなかつたため、勿論その議決その他の正規の手続を経なかつたこと明らかで右懲戒処分は法律上無効のものといわねばならない。

更に被控訴人は右のように懲戒処分のあつたことを否定するとともに、吏員分限規程によつて、休職処分にしたと主張するが、すでに職務ほう棄及び無届欠勤等の事由について、同規程第二條第三、四号を適用し解職を告知した以上、同一事由に対し同規程第三條による休職処分はできない、のみならず被控訴人は前示のように控訴人に解職を告知すると間もなく事務用机、出勤簿等を撤去し事実上控訴人の出勤を妨げたものであるから休職処分としても、理由のないものであると述べ。

被控訴人指定代理人において、被控訴人は控訴人に対して解職処分をやつた事実はない。控訴人は昭和二十二年一月頃から出勤状況が惡く事務に支障を来たすので、同年四月一日勤務替を命じたが、なお無届欠勤を重ねるので塩川駒三、滝川正道の両課長から同年七月十八日、もし退職の意思があれば円満退職をするよう勧めたが、これに応ぜず、同年七月十八日頃から引続き三月以上も出勤しないので同年十月二十八日の所定の手続を経て大阪市吏員分限規程第三條第一号の「事務の都合に因り必要なるとき」によつて休職を命じたものである。

なお昭和二十二年七、八、九月分の給料を同年十二月に支給した事実は争はない。と述べた外は何れも原判決の事実摘示と同一であるからここに、これを引用する。

証拠として控訴人は甲第一乃至七号証を提出し原審証人塩川駒三、滝川正道の証言及び原審における控訴本人の供述を援用し、当審において証人塩川駒三の訊問を求め、乙第一、三、四号証の成立を認め同第二号証の成立は不知と述べ。被控訴人指定代理人は乙第一乃至四号証を提出し、原審証人塩川駒三、滝川正道の証言を援用し、当審において証人安川実の訊問を求め、甲第一、四号証は各不知、その余の甲号各証の成立を認めると述べた。

なお控訴人は当審における昭和二十四年五月十一日の口頭弁論において次のような中間確認の判決を求める申立をし、被控訴人指定代理人は右中間確認請求について請求棄却の判決を求めた。

(一)  被控訴人が昭和二十二年三月二十九日附でした同年四月一日の勤務替の職務命令は、控訴人がこれを拒否した事実を確認する、との判決を求め、その請求原因として、控訴人は前示職務替の職務命令を法令違反として拒絶して以来、引続いて無届欠勤をしたもので、勤務命令簿に承認の印を押捺したこともなく、又職務命令に服して検度係の事務に服したこともない。右拒絶が正当か否かは別として、拒絶の事実は明白である。この点は控訴審の判断に重大な関係があるから中間確認の判決を求める。

(二)  被控訴人が、昭和二十二年七月二十五日吏員出勤簿の中から控訴人に関する出勤表を削除した事実、及び控訴人が職務上支給されていた執務用机を撤去し、且つ控訴人に対する給料の計上支払を廃止した事実の存在を確認する、との判決を求め、その請求の原因として、昭和二十二年七月十八日課長塩川駒三が控訴人に対し解職を申渡した後、同月二十五日になつて市吏員出勤簿から控訴人に関する部分の出勤表が削除せられ、又控訴人が支給されていた事務用机も撤去され、更に控訴人に対する俸給も同月十九日以降廃止された。然し出勤簿は現職吏員の勤怠を表明するものであるから、全員について毎日必要なものであるし又執務用机も控訴人が吏員として執務する上に欠くことのできないものであるにかかわらず、被控訴人又は労働組合は右のようにこれが削除、又は撤去をしながら互にその責任を囘避し、且つ俸給の支払もこれを廃止していること明瞭であつて、これ等の事実は被控訴人主張のように解職処分のあつたことを証するに足り、この点はに数名の証人もあるからこの事実について確認の判決を求める。」

(三)  被控訴人が昭和二十二年四月一日にした勤務替の処分が法令違反の職務命令であることを確認する、との判決を求め、その請求の原因として、控訴人は昭和十六年一月採用され、昭和二十一年八月三十一日大阪市書記に任ぜられるまで、専ら事務系統に奉職したものである。そして大阪市吏員について、事務と技術とは常に区別せられているにかかわらず、被控訴人はこれを無視し、且つ労働協約及びその他の法令に違反して、昭和二十二年四月一日控訴人に対し技術服務を命じたのは、控訴人を拘束するものに外ならないのみならず、元来、勤務替の処分については、事務引継を拒んだ場合に制裁が定められている事などから見ても、一般任命の場合と同じく、控訴人の承諾を要するもので、決して被控訴人が一方的にこれを強要することはできないこと明らかである。従つて、被控訴人がした前示勤務替の職務命令は、全く法令違反であるからこれが確認を求める。

理由

控訴人主張事実の中控訴人の勤務経歴、控訴人が昭和二十二年三月二十九日附で同年四月一日から勤務替を命ぜられた事実、及び同年十月二十八日附で休職処分のあつた事実、は被控訴人の認めるところである。

よつて、先づ控訴人の主張する勤務替を命じた職務命令が違法であるかどうかを判断すると、國家公務員、地方公務員、及び一般の会社や個人に使用せられる者は、いづれも行政官廳、地方公共團体の長及び一般使用者に対し一定の勤務をなすとともに、使用者から一定の給與その他、これに準ずる收入を得ることができるが、右被傭者が使用者に対してなすべき勤務の内容については、任命又は雇傭の際に、特にこれを限定するか、又は労働協約等によりこれを制限した場合、或は、その勤務に從事するについて、法律上一定の資格を必要とする等特別な場合を除いては行政官廳、地方公共團体の長又は一般使用者が必要とする勤務に関し使用者の要求に從わねばならない。もし使用者が適材を適所に使用せず、例えば勤務の内容によつて、一定の技能を要するにかかわらず、これを欠いた者に服務を命ずるような場合でも、被傭者は、任意にその勤務に適しないとか、又は技能を有しないとかを理由として、その服務を拒むことはできない、と同時に、その被傭者は自己の能力の範囲において誠実にその勤務に從事すれば足り、そのために招來した能率の低下については、何も責任がないものといわねばならない。しかして被傭者が、前示のような特別の場合でないにかかわらず、任意に使用者の要求した勤務に服することを欲しないならば、雇傭に期間の定めがない限り自ら解職するか又は雇傭契約を解除するの自由をもつものであつて、使用者が被傭者の承諾がないのに服務命令を出したからといつて、右命令をもつて被傭者の職業の自由を制限し、憲法その他の法令に違反するものということはできない。そして原審証人塩川駒三、滝川正道の証言、及び当審証人安川実の証言を合せ考えると、控訴人は昭和十六年一月大阪市に採用せられ、昭和二十一年八月大阪市書記に任ぜられたものであるが、右採用及び任命に当つては特に勤務の内容を限定したものではなく、最初経済局配給課家庭用品の配給事務を担当したが昭和二十二年三月二十九日附で、同年四月一日から同課の檢度課へ勤務替を命ぜられたもので、右檢度課の事務は何ら法律上の資格を要するものでなく、且つ同課にも事務的な仕事があり、又多少技術を要する仕事についても、高度の技術的能力を要せず、中学卒業の事務系統の者も約半数を占めておる状況であること、及び右勤務替は労働協約に違反するものでもない事実を認めることができるから、本件勤務替の職務命令は法令に違反したものということはできない。

次に控訴人主張の懲戒処分について考えて見るが、右懲戒処分のあつたことは被控訴人の否認するところであつて、前掲各証人の証言及び成立に爭のない甲第一号証によると、控訴人の大阪市における勤務状態は昭和二十二年一月頃から無届欠勤が多く、事務処理に支障を來たしたので、庶務課長の塩川駒三は個人の資格で、昭和二十二年七月十八日控訴人に対し退職を勧めたが控訴人がこれを拒絶したため、更に商工課長滝川正道も、同じく個人の資格で、控訴人に対し円満退職を勧める目的で、甲第一号証のような書面を送付したが、控訴人はこれにも應じなかつたもので、右以外に両課長が懲戒処分を告知したこと、又は同人等が被控訴人の代理人としてこのような告知をしたことについては、これを認めるに足る証拠はない。從つて右懲戒処分があつたものとして、その無効を主張する控訴人の請求は失当である。』

更に、控訴人主張の休職処分が有効か否かを判断するが、前掲各証人の証言によれば、被控訴人は控訴人の出勤状態が惡く塩川駒三、滝川正道両課長からの辞職勧告にも應ぜず、三ケ月以上も無届欠勤を続けたため、事務処理に支障を來たすに至つたので、昭和二十二年十月二十八日大阪市吏員分限規程第三條第一号の「事務の都合に因り必要があるとき」によつて、控訴人に対し休職を命じた事実を認めるに足る。控訴人はすでに懲戒処分があつた以上同一事由によつて休職処分をすることはできないと主張するが、懲戒処分のなかつたことは前認定のようであるからこの主張は勿論理由がなく、控訴人は、又被控訴人が懲戒処分の手続を避けるため故意に休職処分をしたもので、被控訴人は控訴人の出勤簿を削除し、執務用机を撤去して出勤を妨害したから、控訴人の長期欠勤を理由に休職処分に付したのは違法であると主張するが、被控訴人が控訴人主張のような目的で休職処分をした事実については、これを認めるに足る証拠はなく、又控訴人の長期無届欠勤が被控訴人の出勤妨害のためではなく、控訴人が勤務替の職務命令に不満をもち、任意出勤しなかつたものであることは、前掲各証人の証言と、控訴人が中間確認の判決を求める理由として主張したところによつても明らかであるから、被控訴人が所定の手続を経て大阪市吏員分限規程第三條第一号によつて控訴人を休職処分としたことは何等違法はなく、この点の控訴人の請求も理由がない。

控訴人は、なお当審において中間確認の判決を求める申立をしたが控訴人申立の(一)及び(二)は、何れも請求趣旨によつて明かなように、現在の法律関係の確認を求めるものでないから、確認請求の対象とし得ないもので、これらの申立は失当であり、又(三)の申立は請求趣旨によると、既に控訴提起後昭和二十四年三月二日の口頭弁論でなされた、請求趣旨変更の申立の中に包含せられ、これと重複すること明らかであるから、これまた二重請求としてこの申立も排斥を免れない。

要するに控訴人の本訴請求及中間確認請求はすべて失当であるから、同趣旨の原判決は相当であつて本件控訴は理由がない。よつて民事訴訟法第三百八十四條第一項第八十九條、第九十五條を適用し主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例